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2026.01.29

2025年12月21日(日)、本学9号館グローバルラウンジにて、国際編集文献学研究センター主催のシンポジウム「編集文献学の地平を探る—生成批評と編集実践の対話」を開催しました。当日は、本学学生?教員だけでなく、様々な研究機関から幅広い分野の大学院生?研究者を中心に、多くの方々にご参加いただきました。「編集文献学」(textual scholarship)と「生成批評」(genetic criticism)の関係をめぐって、登壇者やフロアとの間で熱のこもった意見交換がなされ、有意義かつ実りあるものとしてイベントは成功裏に終了しました。

本シンポジウムでは、まず、フィンランド文学の学術的編集に長らく携わってこられたサカリ?カタヤマキ先生(ヨーロッパ編集文献学会会長)をお招きして、「アーカイブを通じた編集文献学再考—カール?ミカエル?ベルマンの仲介者としてのC?A?ゴットルンド」と題してご講演いただきました。講演では、はじめに、テクストを対象とした様々な学問分野(書誌学、古文書学、文献学)を包含するものとしての編集文献学の一般的特徴について、幾つかの観点(歴史性、物質性、正書法)から概説していただきました。そのうえで、18世紀スウェーデンの詩人カール?ミカエル?ベルマンの歌曲を翻訳した19世紀フィンランドの学者?詩人C?A?ゴットルンドの事例をもとに、その翻訳に関連するアーカイブ資料が編集文献学においていかに多様な観点から検討されうるかについて論じていただきました。続いて、こうしたゴットルンドの事例を考察する視座として、「トレクスチュアリティ」(trextuality)という概念をご紹介いただきました。これは「テクスト性」(textuality)と「翻訳」(translation)および「伝承」(transmission)を組み合わせた造語で、単一言語内にとどまらない、より複雑で多面的なテクストの変異?伝承過程を捉えるための枠組みとして、カタヤマキ先生自身が共同研究者とともに開発?提唱された概念です。この視点からゴットルンドの翻訳プロセスやそれに伴うテクストの変異過程に光が当てられ、彼の翻訳プロジェクトの多面性が明らかにされました。例えば、彼の手稿からは、ベルマンの歌曲を新たな読者層へと届けるために独自のフィンランド語版編集を構想していたことが見て取れる、とカタヤマキ先生は指摘されます。講演の最後には、ゴットルンドの翻訳実践と重ね合わせるかたちで、編集という営みもまた、文学文化を新たな読者へと開く文化的実践であるとの見解が示されました。

続いて、当センター長 明星聖子先生(本学文芸学部教授)より、「生成批評と編集文献学—邂逅?課題?展望」と題してご講演いただきました。講演では、カフカ研究者としてのご自身の経験を振り返りながら、生成批評と編集文献学の関係について考察されました。明星先生は、ドイツの編集文献学(Editionswissenschaft)とフランスの生成批評がともに近代テクスト特有の状況に対応して理論を発展させてきた点を指摘されます。しかし日本では、近代テクストをめぐる様々な問題が、言語や分野を超えたかたちで理論的に議論されることはほとんどありませんでした。講演では、こうした状況を受けてご自身がこれまで取り組んでこられた活動をご紹介いただきました。そのうえで、生成批評を編集文献学と切り離すのではなく、作家の創作過程を明らかにするというその魅力的なアプローチを積極的に取り入れることで、編集文献学の読者層を拡大し、文化創造をめぐる議論を活性化させていきたいとの展望が語られました。

続いて、当センター特別客員研究員 納富信留先生(東京大学大学院人文社会系研究科教授)より、「生成批評は古典テクストに適用可能か」と題してご講演いただきました。生成批評は作品を「完成されたテクスト」ではなく「生成の過程」として捉え、創作に関わる様々な資料からそのプロセスを追跡していく手法です。これに対し古典文献学は、著者の原テクストが失われているため、写本伝承をもとに原典の再構築を目指します。両者は一見根本的に異なるように見えますが、納富先生は、排他的ではなくテクスト性の異なる側面を扱うものとして相互に補完しうると指摘されます。古典文献学では、写本伝承からひとつの「原型」(archetype)へと遡り、権威あるテクストへの校訂がなされます。しかし生成批評的アプローチを取り入れることで、単一の「原型」にとどまらず、写本の多様性や伝達と変容の複雑なネットワーク全体を新たに理解できるようになるのではないか——講演の結論では、こうした古典文献学への生成批評の応用の可能性についてお話しいただきました。
続くディスカッション?質疑応答では、ゴットルンドによるベルマンの翻訳と日本文学における二葉亭四迷によるツルゲーネフ翻訳の類似性、そしてその背景にある周縁国としてのフィンランドと日本の近代化といった歴史的な問題から、古典文献学における「権威あるテクスト」、または生成批評における「著者」(author)の位置づけ、あるいは古典文献学と生成批評における写本/テクストの複数性に対する問題意識の違い、といった理論的な問題にいたるまで、多岐にわたる論点について登壇者とフロアの間で熱のこもった議論が交わされました。
なお、当日はイベント終了後、会場にて懇親会が催され、活発に交流が深められました。
国際編集文献学研究センターでは、今後も定期的に編集文献学にかかわるイベントを開催いたします。その際には、改めて本学サイトでお知らせしますので、ご興味?ご関心のある方は、ぜひご参加ください。